自分に下す「人生刹那切り」の「間違い判定」。それ誰の何の基準なの?

毒親の因縁を断ち切って自由なあなたを生きる「オリジナルライフメソッド」香月映見です。

今日もブログを読んでくださり、大変ありがとうございます。

相談者様から、こんなメールを頂いたことがあります。

「カウンセリングで、とても心地よくなりました。私の間違いだらけの人生が、一つ一つ肯定された気がしました」

この方は、大変だった結婚生活をご勇気を以て清算されました。

働きながらお子様を育てる日々で「次の目標が見つかった。でも、自分に出来るかどうかとても不安だ」と相談に来られた方でした。

私は決して「勇気づけよう」とか「褒めてあげよう」とか「上手いこと言って気分よくなってもらおう」とか思いながら、お話を聞き言葉を掛けたのではありません。

話してくださる内容から、時には困難な状況で自分を責めながらも「こう在りたい」自分を見失わない相談者様の姿勢が確かにそこに見えました。

その想いと意思は相談者様の胸の中で時には消えそうになったこともありましたが、ずっと確かに灯はともっていた、と感じました。

なので、その一つ一つに対して私からは
「全てを『良かった』と思えなくていい。思う必要もない。ただ実際には全てを、未来と今ここに至る糧とされていますね」

「自分を責めるということは、誰のせいにもしていない、ということ」という事実
を言葉にしただけなんです。

何もかもを、はいはい!あ~ あの体験もこの体験もどれも素ン晴らし~い♬ なんて思う必要ありませんし、思えません!

「ポジティブOK」「ネガティブNG」←これも一つの正誤判定ですね。

この仕分け方、私とても怖く感じます。

そしてその「良かった!」なんて決して思えない出来事や記憶には、私たちの中に相応の傷つきが必ず在ります。

そもそも「間違い」って、何でしょうか?

私たちが暮らす社会には、集団生活での規律を守るために司法による裁きと刑罰が存在します。このブログでは、それを犯すか否かに触れているのではないこと、ご了承くださいね。

◆「間違いだらけの人生」の「間違い」、その判定って誰がいつしたもの?

これには2つの要素があると、私は思います。

それは「基準」「時間」です。

「基準」
もしかして自分が持っている正誤基準】自分が世間から「普通」と捉えて抜き取った基準】を混ぜこぜにしたもので、「間違い」判定していませんか?
またそれらの「自分が」の部分に、育った家や親からのエキスめちゃくちゃ入っていません?

親と私たちは、時代背景も人生観も違います。

実際に「集団」から「個」へ、尊重の対象も変わっていますね。
終身雇用だって、崩壊しました。会社に行かなくても、働ける環境にもなりましたよね。

また世間の「普通」たるもの、これがかなり曖昧でしかも怪しい。

日本総人口約1億2千万人のアンケート統計や国民全員多数決など、私は見たことがありません。
実在しないからです。

なので世間の「普通」は「風潮」。しかも読んで字のごとく「風」なので、コロコロ変わります。その実態のないものから、親エキス満載の基準で自分が抜き取った「普通」って・・・疑う余地、大ありです。

「時間」
実は私たち、ある方法を使うことで、自分の人生にいとも簡単に沢山の理想と現実のギャップを創り出すことができるんです。
その方法とは、自分の人生時間を出来事ごとに「刹那切り」すること。

例えば「結婚して一生愛し合い暮らしたい」という理想に対して、現実は「苦しい結婚生活に終止符を打った」というようなギャップ。

例えば「夢を掲げて入った会社だったけど、現実はひどい扱いを受け辞職した」というようなギャップ。

こんなあんな沢山のギャップ1つ1つを「間違い」と言い換えて、自分責め大会を開催していませんか?

◆結論として、人生には「間違い」なんて無いんです。
どうか、ご自身の「判定基準」そのものを疑ってみてください。それ、元は誰のものですか?なんか他のもの混ざってませんか?

どうか、明日も続くあなたの人生を刹那、刹那でブツ切りして「ほらまた間違えた!」と、ダメだししないであげてください。

今までの全てを乗り越えて、いま あなたはここに生きてらっしゃいます。

その事実が全てであり、そこに「間違い」は1つもありません。

でももし毎日が苦しく、切なく、空しく、報われず・・・
または誰かや何かが許せなくて常に怒りふつふつ状態であれば、それは私たちが自分や自分の気持ちを大切にしていないからかも知れません。

「間違い」という言葉を使うなら、そこだと私は思います。

そしてその間違いを放置すればするほど、私たちは自らを粗末にする選択を繰り返すことになり、人生は生きづらさを増していきます。

「私は本当はどうしたいんだろう」

潜在意識に埋め込まれた色んな基準をカウンセリング時間内だけでも外し、私と一緒にご自身の「本当」を見つけてみませんか?これはあなたにしか出来ないことなんです。

人生は有限です。是非、あなたにしか出来ないことを、自分にしてあげてくださいね。

「一度話してみよう」と思われる方、私はそのあなたの勇気に敬意を払い、
心から歓迎し精一杯あなたに伴走させて頂きます。