【静かなる選択】何が正しいのか、迷い 分からなくなるときに

毒親の因縁を断ち切って自由なあなたを生きる「オリジナルライフメソッド」香月映見です。

今日もブログを読んでくださり、大変ありがとうございます。

◆私たちが選択をするとき

こうしたいな、こうだといいな、と思ったその瞬間(これ直感)、思考が出てきます。

大人だから「当たり前」です。

そして「ああかな、こうかな、いや、でも、やっぱり・・・」グルグルが始まりますね。

そしてそして、「またグズグズ考えて、結局決められへんやん!!」と自分責めが始まったり。

もうこの時点で、一番初めの「こうしたいな、こうだといいな」から別の悩みに変わっていたりします。

◆この「思考」に含まれがちなもの

それは

・もう役目を終えた、卒業してもいい考え方や役割

・惰性で続けている習慣

・何となく合わせているような人間関係

かな、と思います。

◆更にそれらに含まれているもの

・正しいか、間違っているか ←その基準は何だろう?親?世間?兄弟姉妹?是非疑ってみて!

・損か、得か ←どのくらいのスパンで見てますか?目先だけ?数年後?

・周りからどう見られるか、どう思われるか ←「そう見られなかったら・・そう思われなかったら・・・」何が起こりそうですか?自分がどうなってしまいそうですか?

そもそも 周り って 実際には誰ですか?

◆これらの基準で人生のアレコレを選択していくと

いつの間にか、自分の内側の声が聞こえなくなってしまいます。(でも本当は、ちゃんと在るんですよ~~)

それはとっても勿体なく残念なことであり、弊害としては

・そもそも、何がしたいか、どうしたいか、よく分からない

(考えようとすると、頭にモヤがかかったようになる)

・何をやってみてもしっくりこない

・どうやってみても、何だか地に足つかない

・何より、「納得いかない」!!!

人は「納得がいかない」ことを、ず~~~っと覚えています。

そしてそれは長引けば長引くほど、あなたの心の中のスペースを占有し、憎しみや恨みというものに姿を変えていきます。

この維持には、膨大な自己エネルギーが必要です。

なので本来の自分の人生を生きるエネルギー自体が、枯渇します。

身体で言うと、健康を阻害するでっかい腫瘍みたいなものを日々大切に血流維持して何十年も育てている、みたいな感じです。

あ、私のカウンセリングは決して「許し」を強要いたしません。

許し難きは許さなくて、全然OKです!

だって許せないんだもん、仕方ないでしょ。無理でしょ。「許す」なんか。

それより

許し難きの塊がそれ以上成長しなくて済むようにあなたの大切な血をもう沢山そこに注ぎ込まなくていいように!ということをクライアントさん方々としております。

◆「きっとこう思われるだろう」は、本当なの?

話を戻しますね。(すぐ逸れるので・・・ごめんなさい😢)

これって実は、あなたの持つバイアスを通して見た「完全なる想像」なんです。

現実は「そう思う人もいるし、そう思わない人もいる」

だって地球には約70億人もの人が、暮らしているのですから。

(刑法に触れるような、人を殺傷したり陥れたり、という極端な例はここには含まれません)

◆自分のバイアスって?

ここで申し上げている「バイアス」とは、主に認知バイアスを指します。

あなたの無意識の思い込みや、過去の散々な経験(と自分がラベリングしている)から生じる判断の歪みです。

つまり、自分のバイアスは

あの家で散々ダウンロードされたあなたの存在自体に関わる無価値観や無力感に加え、それでも自分が見捨てられて死んでしまわないようにと苦肉中の苦肉の策として自分が選んだ防衛手法(生存戦略)が、たんまりと入っているということです。

歪まないわけがない、と言う訳です。

◆とにかく、あの家で死なないように自分を護った結果

焦っている時、私たちは不安を使って答えを見いだそうとします。(こうならないよう、こうせねばならない!)

怖れているときは、特にこの自分の持つ防衛手法(生存戦略)から、答えを出そうとしてしまいます。
(我慢する とか 不機嫌になって相手の反応を見たり、何年もその問題を持ち続けている、みたいなのもこれです)

当たり前です。

それで命を護り、実際あなたはここにいま生きているのですから。

それを何十年と積み上げた「実績」もあります。

その防衛法(生存戦略)は、実際にあなたの「命」を護って来たのです。

◆自分の選択する「正しさ」とは

心を鎮め、静かなる決断をしたとき、それは「あなたにとっての正しい選択」です。

この選択が出来たとき

・まず安心感が自分の中にあります

・無理をしていない気がします

・肩の力も抜けているように感じます

・根拠はないのですが、心の奥底で「これでいい」みたいな感覚が確かにあります

◆カウンセリングで出来ること

「自分を知ってあげる」こと、です。

まず自分の認知バイアスがどうなっているのか、をカウンセラーと一緒に見つけてあげます。

言うなれば「あなたはあなたという人間を、一体どう定義しているのか」です。

それを知ってあげた後に、そんなあなたがずっと使って来た命を護るための防御法(生存戦略)を見つけてあげます。

ちゃんとした理由や原因があるからこそ、それを防御法として使っています。使い続けています。

私たちはそもそも理由や原因の無いことは、しないのです。

◆生きづらさには、必ず原因や理由があります。

特に日常に於ける繰り返される「あなたの傷つき」には、明確な原因と理由があります。

それを「知ってあげる」ことは、自分にしか出来ない人生で最も意味があること、私はそう思います。

「知ってあげ」そして私と一緒に現実を見て「仕分けして、持ち物整理」をすると、とっても軽やかに穏やかになって参ります。

◆自分の内側に、静寂が訪れます。

シンドイ家に生まれた方、問題ある親に蔑ろにされ続けて来た方は、自分の持ち物以外 実に膨大なものを背負い続けています。

無意識にそれを「自分のもの」と思っているからですね。

冒頭に書いた「もう役目を終えた、卒業してもいい考え方や役割」も、ここに入っております。

あなたは本当に本当によくここまで、生きてらっしゃいました。

あなたはいつも頑張りました。これ以上ないくらい、踏ん張りに踏ん張りました。

それこそがまず、何を置いても素晴らしいのです。

「だって、でも」「〇〇しなければならないぃぃ」←これもあなたの命の防衛法、生存戦略だったりします。

これも「認知バイアス」の歪み、と言えますね。

でもね、もうそろそろ頑張って生きて来た自分を赦(ゆる)してあげてもいい頃です。

「私はどうしたいのか」という自分の本当の声・自分の想いと共に、一緒に生きて行きませんか?

「一度話してみよう」と思われる方、私はそのあなたの勇気に敬意を払い、
心から歓迎し精一杯あなたに伴走させて頂きます。